趣深山です。 四国 剣山 三嶺 天狗塚 周辺の山域での山歩きについての話題です 「趣味の山歩き ますます深くなる近くの山域 」(C)趣深山since2002 e-mail: shumiyama@gmail.com

三嶺(1893) 西熊山(1815) 天狗塚(1812) 牛の背(1757)


平成19年10月28日 快晴
三嶺(1893) 西熊山(1815) 天狗塚(1812) 牛の背(1757)

【コースタイム】

西山林道栗園入口付近 駐車地点出発 6:35-- 西山林道イザリ峠登山口 6:48---ふるさと林道阿佐名頃線から取り付き  7:35 --1806m標高点 9:26 --縦走路にでる 9:40 -- 三嶺 (9:50-10:10) --西熊山 (11:05-11:13) --お亀岩 11:32 --天狗峠 綱附森分岐 11:54 --天狗峠西山林道分岐 12:00---天狗塚山頂 ( 12:16-12:39 )--牛の背三角点 (13:13-13:35) ----西山栗園 14:39 --P地点着 14:55

【距離】

累計歩行距離 18.306km 累計標高差 1628m

【詳細】
三嶺 「10.5度  6m 南風 快晴。剣山 次郎笈 矢筈山系 石鎚山系まで見える。」

西熊山 「13.2度 4m 南風 快晴 次郎笈 天狗塚 見える。 」

天狗塚 「12.8度 5m 南風 快晴。剣山 次郎笈 見える。」




三嶺 手前から天狗塚方面


登山道 修復されていた。


帰途 落合峠 経由で帰った。峠途中で。


落合峠

平成19年10月28日 





2007-10-28 : 三嶺・西熊山・天狗塚 : コメント : 2 : トラックバック : 0
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笹ヶ峰(1860)、ちち山(1855)


平成19年10月21日 笹ヶ峰(1860) ちち山(1855)

快晴

大永山トンネル東口 駐車地点発 6:44----縦走路 7:19---キャンプ場 入り口 8:03----沓掛山 丸山荘 下津池 分岐 11:46----丸山荘 (12:07-12:32)----お堂跡地 12:46 ---笹ヶ峰 山頂 (13:47-14:08)---ちち山 (14:36-14:41)---ちち山 別れ 15:07----一ノ谷方面下山口 15:19---一ノ谷越 15:38----銅山川源流碑 15:51-----ナスビ屋敷 16:12--大永山トンネル東口 駐車地点着 17:58

【距離】

累計歩行距離 21.444km 累計標高差 2359m

笹ヶ峰山頂「9.5度 北2m 快晴 石鎚山 剣山まで見える」

【同行者】S-1氏、 S-2氏

この山域に精通されている「イメージをトレースする」S氏に、笹ヶ峰周辺の古道を巡る、 S氏お勧めの特選周回コースを案内して頂きました。有り難うございました。


丸山荘 太陽光発電


ちち山


笹ヶ峰山頂から石鎚山方面


冠山 、 平家平方面。



平成19年10月21日 



2007-10-21 : 四国 山歩き : コメント : 0 : トラックバック : 0
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2007年秋 ダウラギリ  その7

2007年秋 ダウラギリ (8167m) その7


韓国 登山家 キム ホング ビン さんのサイトを見ると。

http://www.kimhongbin.com/main.html

最新情報 2007/10/20が出ています。

かなり厳しい 下山だったのでしょう。

KIM HONG BIN,  掲示板から 引用
皆さん激励おかげさまで無事に....
作成日: 2007/10/20
作成者: ギムホングビン


「寒さと多くの積雪量で BCですべての荷置いて一人だけダルンティムヘリでカトマンドへ 18日脱出成功....
4日間水の外に食べることができなかった関係で現在体はよくなっています.ポーターたちが上って来ることができなくて 25日まで BC荷物が撤収が可能だろうかは分からないが, 25日大韓航空で帰国予定です.

ヘヘ^^
心配キチォドリョ申し訳ありません.
お腹がすきます~~~~~」


「キムさん(HONG BIN, KIM)は
9月24日からC1にあがり 30日BC
再度上がって 10月5日にBCへ
10月10日  は再々度C1に上がりました。
やはりテントが潰れていたようです。
10月13日山頂へアタックの予定。
10月14日登頂(?)
10月16日 BCへ
10月18日 ヘリで脱出 カトマンズへ 
10月26日 韓国帰着」

91年の事故でのハンディキャップを感じさせない 驚くべき活躍ぶりです。
ことにハンディーを負ってからの彼の活躍を見ると 
人間が山に登るのに 一番大事なものは 一体 何だろうかとか 深く考えさせられます。

今後の ますますの ご活躍 と ご幸運を 祈念します。


10月26日に 無事 韓国へ 帰着した。


ダウラギリ2007秋 KIM HONG BIN

2007-10-20 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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2007年秋 ダウラギリ その6

2007年秋 ダウラギリ (8167m) その6


ダウラギリから初めてスキーで滑り降りた。
Fredrik Ericsson スウェーデン スキーヤー

Fredrik EricssonのWEBサイトが更新されていました。


「2007年10月17日

雪、 雪 、雪、少しだけスキー

先週、天気が変化して、少しの日光がありました。私は、他の登山家5人、Dodo(スロバキア)、Kinga(ポーランド)、キム(韓国)、およびキムのクライミングシェルパ2人と共に、私はダウラギリのサミットに到達しようとしました。

深い雪の登攀を4日間した後に、私たちは続けるのが危険だと感じるポイントに来ました。 雪崩の危険が非常に高かったのです。私たちは海抜7900mにいました。そこが私の最も長いスキー滑降の頂点(トップ)でした。 そこから 大部分パウダースノーでベースキャンプまで高度差3000m以上をスキー滑降しました。 私がその晩 スキーを外す前に別の吹雪がやってきました。 私がカトマンズへの途中に 高度を下げていくと 雪は雨に変わっていきました。

私のコンピュータは調子が悪いので、、ダウラギリのスキーと新しい写真に関するもっと詳しい情報は次回の更新で行います。」

動画もあり
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2007年10月3日 Cho Oyu (8201m)では
アラスカ アンカレッジの3人のクライマーTyler Johnson, Rory Stark と Will Stark が山頂からスキー滑降した。
Rory と TylerはC1までスキーを外さなかった。
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DodoのWEBサイトに山頂アタック時の写真が公開されていました。
http://www.himalaya2007.expedition.sk/3/index.php?page=fotogaleria

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2006年5月17日

イタリア登山家ロマーノ・ベネト、ニヴェス・メロアのダウラギリ登頂の写真

2006年写真

2005年写真

どちらを 見ても 山頂に見えるが。。。。

 イタリア人ロマーノ・ベネトとニヴェス・メロアは2005年5月 の「登頂?」のあと、 2006年5月に再登し「完登」した

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2007年5月のカザフ隊の写真と記録

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ダウラギリ2007秋



2007-10-19 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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2007年秋 ダウラギリ その5

2007年秋 ダウラギリ(8167m) その5

注目のスロバキア登山家 DODO KOPOLD (1980年生まれ)

障害を克服し活躍する韓国 登山家 キム ホング ビン

ダウラギリ山頂から初のスキーの滑降を目指す。
Fredrik Ericsson スウェーデン スキーヤー

彼らは 2007年10月14日 ダウラギリ山頂アタック 。

DODO KOPOLD 、
HONG BIN, KIM 、
Fredrik Ericsson 

結局「ポールがあって、より高いものは何もなかったように思えた場所で、 私はポールの写真を撮りました。」

その後 皆 BCまで 一応 無事戻ったようだが
完全に 登頂成功したかどうか 現時点ではよくわかりません。

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現時点では
DODO KOPOLD 、HONG BIN, KIM 、登頂したかどうか
更にFredrik Ericssonだけが登頂成功したかどうかなど よくわかりません。

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10月17日 Dodoのブログ から 

「10月16日 (昨日)、私たちには、それは非常に難しかったです。 私たちは夕方に 濡れて、疲れていた状態でBCに戻りました。 風当たりが強く、多くの新雪があって、視界は悪かったです。 C1からの道のりは私たちには時間がかかりました。 私たちは凍傷なしで問題ありません。

全体的に、登頂は 多くの雪のために非常に難しかったです。 ダウラギリ山頂からスキー滑降を目指していたスウェーデン人フレディックエリクソンと2人のシェルパアシスタントをしたがえている 手に障害のある韓国人の登山家と 私たちは一緒に登りました。

私たちは山頂への尾根を登りましたが、ポールがあって、より高いものは何もなかったように思えた場所で、 私はポールの写真を撮りました。 シェルパが、これがサミットであると言ったので、韓国人もそうしました。

Fredrikは、私たちがサミットにいるかどうかを疑いました。

Fredrikは、続けていこうとしましたが、すぐに取って戻ってスキーでダウンヒルをしました。彼は首尾良くBCについて BCを離れました。 私たちはそれ以上 彼に会いませんでした。

私たちは、あえて私たちがサミットについたかどうかを言いません。
私たちの腕時計は8.076mを示しましたが、それは本当に適切ではありません。私たちは、それがサミットであったかどうかはっきりさせなければなりません、そして、あなたに知らせるつもりです。
私たちは今日BCを立ち去らなければなりませんでした。しかし あまりに多量の雪があって、私たちのポーターは来ませんでした。あまりに多量の雪がフレンチパスにあります。 たぶん、私たちは明日ヘリコプターで行くつもりです、そして、この場合、明日か明後日、カトマンズにいるでしょう。」

10月18日 
「BCからヘリ、カトマンズ到着、2日間滞在後、帰国予定」


10月19日 
DodoのWEBサイトに山頂アタック時の写真が公開されていました。
http://www.himalaya2007.expedition.sk/3/index.php?page=fotogaleria


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参考までに
 イタリア人ロマーノ・ベネトとニヴェス・メロアは2005年5月 の「登頂?」のあと、 2006年に再登し「完登」したが、今度の「山頂」についての情報が今後公表されるだろう 。


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ダウラギリ2007秋

2007-10-18 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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2007年秋 ダウラギリ その4

2007年秋 ダウラギリ その4


注目のスロバキア登山家 DODO KOPOLD (1980年生まれ)
2007年10月14日 ダウラギリ山頂アタック 8157mに到達。

2007年春から8000m峰に挑戦。今年いきなり まず8000mのダブルヘッダーを二つ 計4峰トライし、Cho Oyu, Shisha Pangma と Nanga Parbat(二回も登頂)は登頂済み。(K2は登れなかったが 驚異的なスピードでボトルネックの下8000mまで達した)

DODO KOPOLDにとってダウラギリは今年 8000m5峰目の挑戦。

2007年
9月22日カトマンズを出発
9月23日ポカラからヘリでBC入り 以降BC滞在
10月3、4日C2下までいってBCへ戻る
10月7日 一度C1目指し登り始めるが雪崩でリターンBC
10月10日 再度 C1へ
10月12日 C3 設営
10月14日 山頂アタック 8157mまでで
10月15日 C1からBCへの途中 激しい雪で 途中 ビバーク
10月16日 BCに戻る

http://www.himalaya2007.expedition.sk/

「2007年10月16日 Dodo のブログから

BCに戻りました。
私たちはBCにいて、すべてが問題ありません、疲れています。

詳細は後で。 」

「10月15日 Dodo のブログから

私たちはC1から下降しています。 大雪が降っていて、したがって、歩きにくい、私たちは疲れています。

今日、BCまで行きたかったのですが、私たちは行く道を見つけることができません。 私たちは、ビバークして、明日、続けて降りるつもりです。 私たちはBCから更に書くつもりです。」

ダウラギリでは
DODO KOPOLD 、 HONG BIN, KIM 、Fredrik Ericsson
の3隊が頑張っているようだが 状況は厳しいようだ。

K2climb netによると 2007秋のヒマラヤは天候が悪く
http://www.k2climb.net/news.php?id=16609
「埋まる! こんな顕著な秋の季節が、ヒマラヤにありましたか? 雪の負荷と荷重はチョーオユー以外のすべてのサミットの試みをオミットしました。 シシャパンマ中央峰でさえ到達することができませんでした。そして、日曜日に、ニベスとロマーノがまた、マカルーで彼らの山頂へのプッシュを中止しなければならなかったというメッセージが到着しました。 それをもって、すべての目がダウラギリに集まりましたが、KingaとDodoは8157mに達した後に退却しなければならなかったと報告されています。」


ダウラギリ2007秋

2006年秋 ロシア隊も山頂直前で撤退した。

2007年春 2006年春

2007-10-15 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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8の字周回 天狗峠 堂床 三嶺(1893) 天狗塚(1812)


平成19年10月14日 曇り

天狗峠 堂床 三嶺(1893)西熊山(1815)天狗塚(1812)牛の背(1757)

8の字 周回

【コースタイム】

西山林道駐車地点5:17発--西山林道イザリ峠登山口 5:31 ---1476標高点 6:12---天狗峠西山林道下山口 6:57---天狗峠綱附森分岐 7:08--お亀岩 7:25--お亀岩避難小屋 7:26---徒渉地点 8:09--- 八丁ヒュッテ 8:26 --堂床 綱附森分岐標識 8:37 ---堂床 吊橋 8:41--堂床 さおりが原分岐標識 8:43---さおりが原  9:21 ---水場 トチノキ 9:37--- ケヤキザコ 分岐 9:50--フスベヨリ分岐9:53--カヤハゲ10:48---三嶺 (11:40-12:01)---西熊山( 13:04-13:16 )---お亀岩 13:34---天狗峠 綱附森分岐13:57--天狗峠西山林道下山口 14:03 -- 天狗塚 (14:20-14:34)--牛ノ背三角点 15:05-----林道16:03---西山林道駐車地点 16:21着

【距離】

累計歩行距離 25.945km 累計標高差 2613m

三嶺 「9.5度 2m  曇り。剣山 次郎笈 綱附森 天狗塚まで見える」
西熊山 「10.9度 0.5m 曇り。次郎笈に少し雲がかかる」
天狗塚 「10.5度 2m 曇り。剣山 次郎笈 三嶺まで 見える」





天狗峠 朝


さおりが原


カヤハゲ手前から三嶺を見る。


三嶺直下 


三嶺を振り返る。


今日二度目の天狗峠


池の水は少しだけたまっていた。

平成19年10月14日




2007-10-14 : 三嶺・西熊山・天狗塚 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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2007年秋 ダウラギリ その3

2007年秋 ダウラギリ その3


最新情報 キムさんのサイトによると、

「10月10日  キムさん(HONG BIN, KIM)はC1に上がりました。
やはりテントが潰れていたようです。13日山頂へアタックの予定。」


91年の事故によるハンディキャップを感じさせない ものすごい経歴です。

幸運を祈ります。

「キムさん(HONG BIN, KIM)は
9月24日からC1にあがり 30日BC
再度上がって 10月5日にBCへ
10月10日  は再々度C1に上がりました。
やはりテントが潰れていたようです。
10月13日山頂へアタックの予定。」

以下HONG BIN, KIMさんのサイトからの引用です。 

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キム ホング ビン (HONG BIN, KIM)
64年 10月 17日生まれ旧暦 (O型)

http://www.kimhongbin.com/main.html


2007 ダウラギリ(8,167m) 8月 30日出国
2007 南極大陸最高峰ビンソンマシフ (4,897m) 冬シーズン
2007 ダウラギリ発起式 8月 28日火曜日夕方7時光州鉱泉ターミナル後明日新聞3階


世界7大陸最高峰登山中...
8000m級 14座 登山中...
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キム ホング ビン (HONG BIN, KIM)
64年 10月 17日生まれ旧暦 (O型)
KIM HONG BIN,  登山経歴

64年 10月 17日生まれ旧暦 (O型)

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登山
83年光州ソンウォン大学山嶽会
84年光州.全南岩壁大会 2位入賞
84年全国山登り大会 3位
88年雪岳山土用幅登山
89年冬季エベレスト(8,848m) 登山
90年パキスタン ナンガパルバット(8,125m) 登山
91年北米マッキンリ(6,194m)単独登山の中で事故で両手切断
97年日本立山(3,015m) 登山
97年ヨーロッパ エルブース(5,633m) 登頂
97年 アフリカ キリマンジャロ(5,895m) 登頂
98年南米アコンカグア (6,962m) 登頂
98年北米マッキンリ (6,194m) 登頂
99年南米アコンカグア (6,962m)・ セルトレ(3,128m) 登山大将
99年キルギスタン レーニンピーク(7,134m)登山
00年マナスル(8,163m) 8,063m 到達
00年エベレスト(8,848m) 登山
01年白頭山(2,744m) 1月 1日来光登山
01年アルパインクライマー上月刊人科山
01年今年の山岳である受賞韓国大学山岳連盟
02年北米 マッキンリ (6,194m) 登頂
02年アフリカ キリマンジャロ(5,895m) 登頂
03年キルギスタン レーニンピーク(7,134m) 登頂
05年中国 コースクロック(7,028m) 未踏峰登山
06年ガッシャブルム1峰(8,068m)登山, ガッシャブルム2峰(8,035m) 登頂
06年シシャパンマ南壁(8,027m) 登頂
07年エベレスト(8,848m) 登頂
07年オーストラリア大陸 コジウスコ (2,228m) 登頂
現在ソンウォン大学山嶽会 O.B

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スキー
89/91全国体育典ノルディックスキークロスカントリー, バイアスロン 1,2,3位
95年全国体育典アルパイン大回転一般部 3位
00年全国体育典アルパイン回転スキー障害人足 2位
01年障害者福祉振興会杖配 1位
01年生活体育リーダー 3級資格取得
01年オーストリア FIS-IPCワールドカップアルパインスキー大会
02年アメリカソルトレイク冬季オリンピック
02年オーストリア FIS-IPCワールドカップアルパインスキー大会
02年ニュージーランドチァムピオンスィブアルパインスキー大会
03年オーストリア FIS-IPCワールドカップアルパインスキー大会
04年オーストリア IPC アルパインスキー選手権大会
04年第1回冬季障害者体育大会 1位
05年カナダ北米コップ大会
05年第2回冬季障害者体育大会 1位
05年オーストリアチロル IPC ユーロピアンコップ大会
06年平昌 IPC アルパインスキーワールドカップ大会
06年長野現価高には IPC アルパインスキーワールドカップ大会
私はアルパインスキー障害者国家代表選手
http://ksfd.com/main/main.asp
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経歴

90年国際話題保険設計士
92年全盛起工電算室
93年 2種普通運転免許取得(1種普通返却)
94年クラブ900 ゴルフ場(掘削機, ペルーだ, 2.5tトレード, 7ギャングモア)
03年ハンソル建設(株)
05年スポレンド
現在エコーローバー広報理事
http://www.echoroba.com/
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学歴

77年コフン郡東江面青松小学校卒業
80年宝城郡筏橋邑筏橋中学校卒業
83年順川市Maesan高校など学校卒業
85年ソンウォン大学卒業
90年光州大学校卒業
07年全南大学校経営専門大学院在学
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住所 光州広域市

ダウラギリ2007秋

2007-10-10 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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2007年秋 ダウラギリ その2

2007年秋 ダウラギリ その2

スロバキアの登山家
DODO KOPOLDのブログによると

http://www.himalaya2007.expedition.sk/

雪崩などがおきて 一度戻っているようだ。10日水曜日C1に上がる予定。

(ここでのC1 c2は徳島隊とは異なっているようだ)

2007年
9月22日カトマンズを出発
9月23日ポカラからヘリでBC入り 以降BC滞在
10月3、4日C2下までいってBCへ戻る
10月7日 一度C1目指し登り始めるが雪崩でリターンBC
10月10日 再度 C1へ


DODO KOPOLDのブログ 翻訳
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「10月9日
今日は予測と違って 本当に良い日であった。晴れた空、雪崩もない。 そして、私たちはBCで過ごしました。
明朝、水曜日に私たちは再びC1に行くつもりです、そして、よければ、さらに上へ 行こうとするでしょう。」
--------------------------------------------------------------------
「10月8日
私たちは再び戻っています。大きい雪崩が私たちの行く手へ落ちてきたとき cca 5100mで 戻りました。 幸い、私たちは(雪崩の)中にいませんでした。 また、最初の雪崩の後に、2番目の雪崩がありました。私たちはBCをより早く出発しなくて幸運でした。

現在 だれもC1にはいません。1.5m の新雪に埋まったテントだけです。 フランス人は それらの2回の雪崩の間を何とかBCまで下りました。 運がいい人だ。
さしあたり、BCに戻ってみて、私たちのスタッフと一緒なのは幸せだに思えます。
出発している遠征のためのポーターがまだ来ていなかったのでBCへの道は さしあたり最も良くないように思えます。
私たちには、数日しかありません。 多分、状態は、より良くなるでしょう。そして、私たちには、別のチャンスがあるでしょう」

------------------------------------------------------------------------
「10月7日
天気は最も良くはありません。 雪が降り過ぎるというわけではありませんが、私たちは雪崩の音を聞くことができます。

フランス人は彼らの出発に関するメッセージをC1から私たちに送ってきました。 私たちは彼らがBCまでか帰途につこうとかまでは知りません。
私たちは月曜日に再び上がりたいと思います。 コックがBCに退屈し始めるのに応じて、C1にスキーを持っている1人のスウェーデン人と私たちと たぶん私たちのコックも一緒に行くでしょう。
私たちは、状態が向上するまでC1に滞在するのを計画しています。 たぶん、私の電話に関する問題があり、私は数日間、メッセージを送るつもりはありません。 」
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ダウラギリ2007秋


2007-10-10 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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2007年秋 ダウラギリ

2007年秋 ダウラギリ

徳島ダウラギリ主峰 登山隊の皆様 

現地での直接 天候 雪質 体調 その他総合判断こそ
 皆様 考え抜いた末の ご決断と思います。
外野席の私など 皆様の ご英断に 敬服する次第です。

今回は さぞ 悔しい思いでしょうが 
全員 無事無傷で帰国がなによりです。

また いずれ なんらかのチャンスも巡ってくることを 
こころより祈念申し上げます。

ところで 『生きた 還った』
メスナー著 横川文雄訳 1987年 東京新聞発行
のダウラギリの部分を読み返してみました。

メスナーも 3度目の正直で登頂でした。
天候だけは いかんせん どうしようもないものがあるのでしょう。

「この山では しばしば荒天が襲来するので、とくに危険な山とされている。」



こうした悪天と戦いながらも
いまも ダウラギリでは いまだ 何隊かが進行形のようですが、今秋の状況はとても厳しいようです。

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●● DODO KOPOLD 
(注目の人)
(1980年生まれ)スロバキア

2007年春から 8000mのダブルヘッダーを二つ 計4峰トライしている。
うちCho Oyu, Shisha Pangma と Nanga Parbatは登頂済み。
(K2は登れなかったが 驚異的なスピードでボトルネック下8000mまで達した)

はじめ春先には 高度障害で頭痛に悩まされていたブログの記述があるのだが、その後 連続的に 8000m峰に登っているので 常に高所順応済なのだろう。

(また痛ましいことに Shisha Pangma では同行者が行方不明とか)

ダウラギリは今年 8000m5峰目の挑戦

http://www.himalaya2007.expedition.sk/

2007年10月4日 Dodo KOPOLDの ブログの日本語訳
(注意 ここでの C1 C2の位置は 徳島隊のとは異なっているようだ。)

「C2の下で終わった試み--補足 COMPLEMENT」
2007年10月4日

「私たちはフランス人、オランダ人、およびオーストリア人と共に昨日4時頃にBCを、出発しました。 多くの雪があるので、私たちは C1への道のりに 9時間以上かかりました。

私たちは昨日 午後にC1に達しました。

私たちは今朝、C2を他のものと一緒に出発しました。
とても多量の雪があるので、2人のチームでは登り続けるかいがありません。私たちには非常に良く感じましたが、 残念ながら、C2の下のどこかで雪が降り始めました、そして、視界は悪化しました。

私たち全員(全員)は、C1に
リターンして戻ると決めました。 そのなかで私たち2人はBCまで戻って、他のものはC1に滞在しました。 今後の天気は何日間かは、よくありません。 天気予報は曇天と降水をアナウンスしています。
私たちは すばらしく感じます。 私たちは、しばらく いい状態になるのを待ってから、再び上がるでしょう。」


2007年10月2日 Dodo KOPOLD ブログの日本語訳

「6日間の大雪の後に、遂に晴れました。 私たちはもう雪崩を聞きません。 多くの新雪があり、山の状態は悪化しました。

しかし、今日それは希望に満ちているように見えます、そして、、私たちは4時頃に明朝、フランス人と共にC1(5.500m)に行くつもりです。 それはBCから私たちはcca(c1? ABC ? )まで 7時間かかるでしょう。

そこで、私たちが、何をしたらよいかを決めるつもりです。

既に、晴れて暑い1日の間では、夜は寒いです。 最後の数日が非常に寒かったので、私のソーラー・パネルは凍りました、そして、私たちはバッテリーによるフランス人の助けを必要としました。
大いに雪が降りました、そして、すべてが覆われたupthereです、そして、彼らが、山に既にいくつかのデポを残している人々はそれらを見つけられるか恐れています。 すべての固定ロープが雪の下に埋まっているとして、日本の遠征隊は出発を考えています。」


●KINGA BARANOWSKA (女性)ポーランド

http://www.kingabaranowska.com/

http://wyprawy.onet.pl/30169,472,1439524,ekspedycja.html

2003 Cho Oyu (8201 m)
2006 Broad Peak'a (8047 m)
2007 Nanga Parbat (8125 m)

Dodo と一緒のチームメンバー Nanga Parbatに2007年7月登頂
10月5日付のの彼女のブログ(ポーランド語)によると 
C1 付近では 韓国隊のテント以外の各隊すべてのテントは 雪の深さ 1.5-2m位下にあるようだ。

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●Fredrik Ericsson スウェーデン スキーヤー

http://www.fredrikericsson.com/Default.aspx

2004 Shisha Pangma 中央峰(8012)からスキー
2005 Gasherbrum 2  (8035m)からスキー

(注意 ここでの C1 C2の位置は 徳島隊のとは異なっているようだ。)
2007-10-06 ブログ 日本語訳

http://www.fredrikericsson.com/News.aspx

「壊れたテントと、より多くの降雪」

「私はC1の4日間の訪問の後に再びベースキャンプに戻っています。 山頂への私の望みはダウラギリへのさらなる降雪によって打ち砕かれれました。

火曜日にC1に到着して、私は白い雪の平坦な空き地を見つけました。 我々の誰もがテントをなんら見ることができず、1組のスキー・チップだけが雪を上につき出していました。 1.5メーターの新らたな雪は テントを覆っていました。 それの場所を見つけるように位置を調べたあと、積雪を2時間の間 雪堀した後に、私は、私のテントが打ちこわされているのがわかりました。 ポールの1つは壊れてテントの側面の大きな穴があいていました。 また、C1で掘り出された他の大部分のテントも壊れていました。

翌日は修理日です。針 糸、ダクトテープのロールで、テントを使えるように直しました。 少しの休みなく午後に私は、短いスキーハイクにでかけ、キャンプに向かって滑ってみて いくつかの回転をしました。

木曜日に、C2に達する試みをしました。 深雪を4時間かけてのトレイルをつけた後に、雲が すばやくやって来ました、そして、雪が降り始めました。 視界がなくなり、私たちはどこに行っているか見えないので、C1に戻ると決めました。

金曜日も 良い天気でなく、朝 山を囲む暗い雲が正午までには 降雪に変わりました。 不安定な天気に飽きていたし Budhi(随行者の人名)の食べ物がほしいので、私は、BCに降りて戻ると決めました。

この秋は、私たち登山家にとっては簡単ではありません。 それは、山の青空と日光は 私たちを おとり のように誘い出して やがて吹雪を私たちの顔に吹きつけたりします。 登山家の多くが、今年、ダウラギリのサミットへの彼らの望みをあきらめて、帰途についています。 日本のチームは何日か前に離れました。そして、オランダ人、オーストリア人はポーターが彼らの装備をとりにくるのを待っています。
許可証の上では もう10日間を過せます。私はDodo(スロバキア 登山家)から月曜日には高気圧がきて、それが数日間 いい天気をもたらすという天気予報を聞いていますので、 月曜日の朝には、私が再びC1まで向かうことになります。積雪条件 次第では ゆっくり山に登ります。 これが 今年 ダウラギリ山頂への 最後のチャンスになるでしょう。」


2007-10-01 ブログ 日本語訳

「6日間の降雪」

「ついにに太陽は6日間の降雪の後に再びダウラギリを照らしています。 雪のシャベル作業から解放されコーヒー飲酒に変わりました、そして、視線はサミットに向かっています。

天気で気分がどのように変化するか、信じられません。
太陽が照って幸福で満足であり、雪が降っていると 悲しい。 その前の週に、私の気分はボールのように弾んで、ダウンしています。 10日間の良い天気と良い高度順応させていて、すべてがすばらしく見えました。そして、自己確信がトップにありましたが、 やがて、雪が降り始めました、そして、数日間で どんな変化も去りました。 雪が私のテントを埋め尽くし、6日間の後に降雪で、雪壁が囲み、絶え間なく積もってしまいました。ますます多くが否定的になり、 山頂へ行くより どう谷へを出るか 考えました。

日曜の朝にダウラギリの北側リッジの上で青空と日光で目覚めました。 すぐさま私のムードは変化しました、そして、私は頂上へのプッシュへの計画を練り始めました。 少しの太陽で何ができるかは、おもしろいことです。

明日、火曜日に、私は、オーストリア人 Andreasand、と Lawrence とオランダ人 Edvin 、トマスらとベースキャンプをでてCamp1までトライするつもりです。 私たちは固い雪の上を歩くことができるように朝早くでるつもりです、そして、うまくいけば、暑くなる前にC1に達するでしょう。 韓国人の登山家キムによると 昨日、C1のテントサイトはすべて雪で覆われていたとのことです。 したがって、私は、最後に訪れ建てた テントを探し 多少掘って掘り出した後、もし条件と天気ががよければ、C2 C3に向かって進み続けるつもりです。 金曜日の朝非常に早く、私は、スキーをbackpackにつけて、C3の私のテントを出て、Dhaulagiriのサミットに向かって登り始めるでしょう。」

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●オランダ人

Edwin Klerkx
Tomas van Hoek

http://www.7thsummit.nl/news_english.html

ブログ
http://7thsummit.blogspot.com
(注意 ここでの C1 C2の位置は 徳島隊のとは異なっているようだ。)

「10月1日ブログ

明朝 10月2日 4時にBC発で上へ向かう
同行は (オランダ人2人の他に) 
スキーヤー フレディック(Fredrik )
オーストリア人 アンドレアと ローレンス
(Andreas and Lawrence)
幸い 高度順化は十分だ。 
天気予報も良好だが残された時間がない。 次の週 もし 状況が良ければ 5-6日間で頂上へプッシュできるだろう。 ベースキャンプへいいニュースを持ってこれるかもしれないが、 大事なことは安全に無傷で戻ってくることだ。」

9月30日ブログ
「 1週間の大雪の後 ついに 空が晴れて太陽が顔を出した。 フランスチームがC1からベースキャンプに戻ってきた。 雪崩で冷や冷やしながら9時間かかった。 4時間以上余計にかかった。 今朝 韓国人が2人のシェルパとベースに戻った。補給もなくC1で雪に閉じこめられていた。一日がかりでおりてきた。
もし雪がふらなければ 上へ登れるが今日明日ではない。 山は大変危険で タフだ。雪崩で悪評高いアイガー壁は常に雪崩が落ちて いる。

タフなルートにフィックスロープは見つけられない。

我々のテントが見つかりますように、そして頂上へのプッシュに残された時間がありますように。
読んだり 待ったり 考えたりしながら時間を過ごす。

フランスチームは楽しい人たちだ。 今晩は 彼らとともに過ごす。」


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ダウラギリ2007秋

2007-10-07 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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