趣深山です。 四国 剣山 三嶺 天狗塚 周辺の山域での山歩きについての話題です 「趣味の山歩き ますます深くなる近くの山域 」(C)趣深山since2002 e-mail: shumiyama@gmail.com

2007年秋 ダウラギリ その2

2007年秋 ダウラギリ その2

スロバキアの登山家
DODO KOPOLDのブログによると

http://www.himalaya2007.expedition.sk/

雪崩などがおきて 一度戻っているようだ。10日水曜日C1に上がる予定。

(ここでのC1 c2は徳島隊とは異なっているようだ)

2007年
9月22日カトマンズを出発
9月23日ポカラからヘリでBC入り 以降BC滞在
10月3、4日C2下までいってBCへ戻る
10月7日 一度C1目指し登り始めるが雪崩でリターンBC
10月10日 再度 C1へ


DODO KOPOLDのブログ 翻訳
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「10月9日
今日は予測と違って 本当に良い日であった。晴れた空、雪崩もない。 そして、私たちはBCで過ごしました。
明朝、水曜日に私たちは再びC1に行くつもりです、そして、よければ、さらに上へ 行こうとするでしょう。」
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「10月8日
私たちは再び戻っています。大きい雪崩が私たちの行く手へ落ちてきたとき cca 5100mで 戻りました。 幸い、私たちは(雪崩の)中にいませんでした。 また、最初の雪崩の後に、2番目の雪崩がありました。私たちはBCをより早く出発しなくて幸運でした。

現在 だれもC1にはいません。1.5m の新雪に埋まったテントだけです。 フランス人は それらの2回の雪崩の間を何とかBCまで下りました。 運がいい人だ。
さしあたり、BCに戻ってみて、私たちのスタッフと一緒なのは幸せだに思えます。
出発している遠征のためのポーターがまだ来ていなかったのでBCへの道は さしあたり最も良くないように思えます。
私たちには、数日しかありません。 多分、状態は、より良くなるでしょう。そして、私たちには、別のチャンスがあるでしょう」

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「10月7日
天気は最も良くはありません。 雪が降り過ぎるというわけではありませんが、私たちは雪崩の音を聞くことができます。

フランス人は彼らの出発に関するメッセージをC1から私たちに送ってきました。 私たちは彼らがBCまでか帰途につこうとかまでは知りません。
私たちは月曜日に再び上がりたいと思います。 コックがBCに退屈し始めるのに応じて、C1にスキーを持っている1人のスウェーデン人と私たちと たぶん私たちのコックも一緒に行くでしょう。
私たちは、状態が向上するまでC1に滞在するのを計画しています。 たぶん、私の電話に関する問題があり、私は数日間、メッセージを送るつもりはありません。 」
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ダウラギリ2007秋


2007-10-10 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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2007年秋 ダウラギリ

2007年秋 ダウラギリ

徳島ダウラギリ主峰 登山隊の皆様 

現地での直接 天候 雪質 体調 その他総合判断こそ
 皆様 考え抜いた末の ご決断と思います。
外野席の私など 皆様の ご英断に 敬服する次第です。

今回は さぞ 悔しい思いでしょうが 
全員 無事無傷で帰国がなによりです。

また いずれ なんらかのチャンスも巡ってくることを 
こころより祈念申し上げます。

ところで 『生きた 還った』
メスナー著 横川文雄訳 1987年 東京新聞発行
のダウラギリの部分を読み返してみました。

メスナーも 3度目の正直で登頂でした。
天候だけは いかんせん どうしようもないものがあるのでしょう。

「この山では しばしば荒天が襲来するので、とくに危険な山とされている。」



こうした悪天と戦いながらも
いまも ダウラギリでは いまだ 何隊かが進行形のようですが、今秋の状況はとても厳しいようです。

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●● DODO KOPOLD 
(注目の人)
(1980年生まれ)スロバキア

2007年春から 8000mのダブルヘッダーを二つ 計4峰トライしている。
うちCho Oyu, Shisha Pangma と Nanga Parbatは登頂済み。
(K2は登れなかったが 驚異的なスピードでボトルネック下8000mまで達した)

はじめ春先には 高度障害で頭痛に悩まされていたブログの記述があるのだが、その後 連続的に 8000m峰に登っているので 常に高所順応済なのだろう。

(また痛ましいことに Shisha Pangma では同行者が行方不明とか)

ダウラギリは今年 8000m5峰目の挑戦

http://www.himalaya2007.expedition.sk/

2007年10月4日 Dodo KOPOLDの ブログの日本語訳
(注意 ここでの C1 C2の位置は 徳島隊のとは異なっているようだ。)

「C2の下で終わった試み--補足 COMPLEMENT」
2007年10月4日

「私たちはフランス人、オランダ人、およびオーストリア人と共に昨日4時頃にBCを、出発しました。 多くの雪があるので、私たちは C1への道のりに 9時間以上かかりました。

私たちは昨日 午後にC1に達しました。

私たちは今朝、C2を他のものと一緒に出発しました。
とても多量の雪があるので、2人のチームでは登り続けるかいがありません。私たちには非常に良く感じましたが、 残念ながら、C2の下のどこかで雪が降り始めました、そして、視界は悪化しました。

私たち全員(全員)は、C1に
リターンして戻ると決めました。 そのなかで私たち2人はBCまで戻って、他のものはC1に滞在しました。 今後の天気は何日間かは、よくありません。 天気予報は曇天と降水をアナウンスしています。
私たちは すばらしく感じます。 私たちは、しばらく いい状態になるのを待ってから、再び上がるでしょう。」


2007年10月2日 Dodo KOPOLD ブログの日本語訳

「6日間の大雪の後に、遂に晴れました。 私たちはもう雪崩を聞きません。 多くの新雪があり、山の状態は悪化しました。

しかし、今日それは希望に満ちているように見えます、そして、、私たちは4時頃に明朝、フランス人と共にC1(5.500m)に行くつもりです。 それはBCから私たちはcca(c1? ABC ? )まで 7時間かかるでしょう。

そこで、私たちが、何をしたらよいかを決めるつもりです。

既に、晴れて暑い1日の間では、夜は寒いです。 最後の数日が非常に寒かったので、私のソーラー・パネルは凍りました、そして、私たちはバッテリーによるフランス人の助けを必要としました。
大いに雪が降りました、そして、すべてが覆われたupthereです、そして、彼らが、山に既にいくつかのデポを残している人々はそれらを見つけられるか恐れています。 すべての固定ロープが雪の下に埋まっているとして、日本の遠征隊は出発を考えています。」


●KINGA BARANOWSKA (女性)ポーランド

http://www.kingabaranowska.com/

http://wyprawy.onet.pl/30169,472,1439524,ekspedycja.html

2003 Cho Oyu (8201 m)
2006 Broad Peak'a (8047 m)
2007 Nanga Parbat (8125 m)

Dodo と一緒のチームメンバー Nanga Parbatに2007年7月登頂
10月5日付のの彼女のブログ(ポーランド語)によると 
C1 付近では 韓国隊のテント以外の各隊すべてのテントは 雪の深さ 1.5-2m位下にあるようだ。

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●Fredrik Ericsson スウェーデン スキーヤー

http://www.fredrikericsson.com/Default.aspx

2004 Shisha Pangma 中央峰(8012)からスキー
2005 Gasherbrum 2  (8035m)からスキー

(注意 ここでの C1 C2の位置は 徳島隊のとは異なっているようだ。)
2007-10-06 ブログ 日本語訳

http://www.fredrikericsson.com/News.aspx

「壊れたテントと、より多くの降雪」

「私はC1の4日間の訪問の後に再びベースキャンプに戻っています。 山頂への私の望みはダウラギリへのさらなる降雪によって打ち砕かれれました。

火曜日にC1に到着して、私は白い雪の平坦な空き地を見つけました。 我々の誰もがテントをなんら見ることができず、1組のスキー・チップだけが雪を上につき出していました。 1.5メーターの新らたな雪は テントを覆っていました。 それの場所を見つけるように位置を調べたあと、積雪を2時間の間 雪堀した後に、私は、私のテントが打ちこわされているのがわかりました。 ポールの1つは壊れてテントの側面の大きな穴があいていました。 また、C1で掘り出された他の大部分のテントも壊れていました。

翌日は修理日です。針 糸、ダクトテープのロールで、テントを使えるように直しました。 少しの休みなく午後に私は、短いスキーハイクにでかけ、キャンプに向かって滑ってみて いくつかの回転をしました。

木曜日に、C2に達する試みをしました。 深雪を4時間かけてのトレイルをつけた後に、雲が すばやくやって来ました、そして、雪が降り始めました。 視界がなくなり、私たちはどこに行っているか見えないので、C1に戻ると決めました。

金曜日も 良い天気でなく、朝 山を囲む暗い雲が正午までには 降雪に変わりました。 不安定な天気に飽きていたし Budhi(随行者の人名)の食べ物がほしいので、私は、BCに降りて戻ると決めました。

この秋は、私たち登山家にとっては簡単ではありません。 それは、山の青空と日光は 私たちを おとり のように誘い出して やがて吹雪を私たちの顔に吹きつけたりします。 登山家の多くが、今年、ダウラギリのサミットへの彼らの望みをあきらめて、帰途についています。 日本のチームは何日か前に離れました。そして、オランダ人、オーストリア人はポーターが彼らの装備をとりにくるのを待っています。
許可証の上では もう10日間を過せます。私はDodo(スロバキア 登山家)から月曜日には高気圧がきて、それが数日間 いい天気をもたらすという天気予報を聞いていますので、 月曜日の朝には、私が再びC1まで向かうことになります。積雪条件 次第では ゆっくり山に登ります。 これが 今年 ダウラギリ山頂への 最後のチャンスになるでしょう。」


2007-10-01 ブログ 日本語訳

「6日間の降雪」

「ついにに太陽は6日間の降雪の後に再びダウラギリを照らしています。 雪のシャベル作業から解放されコーヒー飲酒に変わりました、そして、視線はサミットに向かっています。

天気で気分がどのように変化するか、信じられません。
太陽が照って幸福で満足であり、雪が降っていると 悲しい。 その前の週に、私の気分はボールのように弾んで、ダウンしています。 10日間の良い天気と良い高度順応させていて、すべてがすばらしく見えました。そして、自己確信がトップにありましたが、 やがて、雪が降り始めました、そして、数日間で どんな変化も去りました。 雪が私のテントを埋め尽くし、6日間の後に降雪で、雪壁が囲み、絶え間なく積もってしまいました。ますます多くが否定的になり、 山頂へ行くより どう谷へを出るか 考えました。

日曜の朝にダウラギリの北側リッジの上で青空と日光で目覚めました。 すぐさま私のムードは変化しました、そして、私は頂上へのプッシュへの計画を練り始めました。 少しの太陽で何ができるかは、おもしろいことです。

明日、火曜日に、私は、オーストリア人 Andreasand、と Lawrence とオランダ人 Edvin 、トマスらとベースキャンプをでてCamp1までトライするつもりです。 私たちは固い雪の上を歩くことができるように朝早くでるつもりです、そして、うまくいけば、暑くなる前にC1に達するでしょう。 韓国人の登山家キムによると 昨日、C1のテントサイトはすべて雪で覆われていたとのことです。 したがって、私は、最後に訪れ建てた テントを探し 多少掘って掘り出した後、もし条件と天気ががよければ、C2 C3に向かって進み続けるつもりです。 金曜日の朝非常に早く、私は、スキーをbackpackにつけて、C3の私のテントを出て、Dhaulagiriのサミットに向かって登り始めるでしょう。」

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●オランダ人

Edwin Klerkx
Tomas van Hoek

http://www.7thsummit.nl/news_english.html

ブログ
http://7thsummit.blogspot.com
(注意 ここでの C1 C2の位置は 徳島隊のとは異なっているようだ。)

「10月1日ブログ

明朝 10月2日 4時にBC発で上へ向かう
同行は (オランダ人2人の他に) 
スキーヤー フレディック(Fredrik )
オーストリア人 アンドレアと ローレンス
(Andreas and Lawrence)
幸い 高度順化は十分だ。 
天気予報も良好だが残された時間がない。 次の週 もし 状況が良ければ 5-6日間で頂上へプッシュできるだろう。 ベースキャンプへいいニュースを持ってこれるかもしれないが、 大事なことは安全に無傷で戻ってくることだ。」

9月30日ブログ
「 1週間の大雪の後 ついに 空が晴れて太陽が顔を出した。 フランスチームがC1からベースキャンプに戻ってきた。 雪崩で冷や冷やしながら9時間かかった。 4時間以上余計にかかった。 今朝 韓国人が2人のシェルパとベースに戻った。補給もなくC1で雪に閉じこめられていた。一日がかりでおりてきた。
もし雪がふらなければ 上へ登れるが今日明日ではない。 山は大変危険で タフだ。雪崩で悪評高いアイガー壁は常に雪崩が落ちて いる。

タフなルートにフィックスロープは見つけられない。

我々のテントが見つかりますように、そして頂上へのプッシュに残された時間がありますように。
読んだり 待ったり 考えたりしながら時間を過ごす。

フランスチームは楽しい人たちだ。 今晩は 彼らとともに過ごす。」


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ダウラギリ2007秋

2007-10-07 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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ダウラギリ主峰2007


地図

徳島ダウラギリ主峰登山隊2007から お元気な便りが届いています。


徳島ダウラギリ主峰登山隊2007

山遊なかよしカタツムリ

グーグルアースで色々と楽しんでみました。





ダウラギリ主峰2007

2007-09-07 : 海外登山 : コメント : 2 : トラックバック : 0
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徳島県ダウラギリ主峰登山隊2007ブログ


徳島県ダウラギリ主峰登山隊2007の ご活躍ぶりがブログで公開されています。 遠くから 声援します。

徳島県ダウラギリ主峰登山隊2007ブログ

山遊なかよしカタツムリさんのブログ

壮行会


Jomsom Airstrip (写真の中央下)

拡大地図を表示

2007-08-24 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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徳島ダウラギリ主峰登山隊2007


素晴らしい壮行会でした。

壮行会で盛りあがったモチベーションを そのまま 高く維持して、
イメージなされた通りの登山を どうか存分に、お楽しみください。

祈 完登! 無事下山!


登山計画書も見せていただきました。

ダウラギリ主峰2007

徳島ダウラギリ主峰登山隊2007

2007-08-04 : 海外登山 : コメント : 1 : トラックバック : 0
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シャクルトン隊、全員生還


明治44年アムンゼン 大正元年 スコットの南極点到達のあと
1914年(大正3年)から1916年にかけて南極大陸横断を目標に南極に向かったシャクルトン隊の記録、1年半もの苦闘のなかでは、どんなに最悪の状況に陥っても、絶望することなく難局を次々と乗り越えていくこと、極地で生き抜くための大切な教訓を教唆してくれた。

スコット隊は遭難したが 28名全員無事生還したシャクルトン隊の記録はサバイバルの観点からとても参考になる。

どんなに絶望的状況でも決して乱れることのない素晴らしい統率力を最後まで維持できたのも、隊の人選、組織から、人事配置、機材、などにはじまる綿密な準備編成などがあったからだろう。
が、結局のところ、生き抜くという強い意志を持ち続け、一人一人の力を束ねていくリーダーシップがいかに大切さか教えてくれた。

そして もう一つ 絶望的状況下での 的確なナビゲーション技術の大事さ、 現在地の把握が大事なことも教えてくれた。

「氷の罠にかかって、船は動きを封じられた・・・・。ところが皮肉なことに、実際には船は動いていた。船を閉じこめた流氷が、船ごと北へ流れていたのだ。潮のおかげで、流氷全体が時計まわりに、南極半島にそって西へ、そして北へと進んでいた。船長は太陽や星の観測から船の位置をわりだすと、海図に記した。間違いなく、船は北に向かっている。」



『そして、奇跡は起こった!シャクルトン隊、全員生還』
ジェニファー・アームストロング 著 灰島かり 訳
評論社 2000年9月25日初版




『エンデュアランス号 シャクルトン南極探検の全記録』キャロライン・アレクサンダー著 野上 司 訳
ソニー・マガジンズ
2002年9月17日初版


GPSなどなくても的確に現在地を把握していた。天測のナビゲーションに驚かされる。

極地で生き抜く

2007-03-03 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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極北の長旅


ホワイトホースからフェアバンクスまでの極北の長旅

ユーコンクエストに参加していた 本多有香さん
中間点の ドーソン (Dawson City)までで 残念 ながら 断念(scratch)!!

過去18回完走で優勝経験もあるフランクターナー氏もこのドーソンで scratch となったのを見れば、この極北の ユーコンクエスト やはり本当に厳しい長旅のようですね。

温暖な地帯で生活しているので 想像絶する極北の世界。
その極北の厳しい状況を乗り越えることで、教えられるものも多いのでしょう。

温暖地では想像できないが、「マイナス10度摂氏を超えると 暑くて 犬が動かない。」という マイナス10度以下は当然のこと。
時にはマイナス40度という 厳寒で行われる想像以上にタフなレース。
日の短さなどあり 時にオーロラが光るような長い漆黒の夜、 人家のない地帯を 延々と走る距離は東京から鹿児島まで以上の長さ。想像以上に厳しい世界というほかありません。
世界で一番 過酷な犬ぞりレースといわれるユーコンクエスト

'toughest sled dog race in the world'.

本多有香さん 十二分に ご健闘なされたようで 誠にお疲れ様でした。

そういえば 

真冬の北極を 歩いたり泳いだりして61日間かけて極点へ向かう 3人の極地冒険者のことが ある雑誌の一月号に出ていました。
GPSの液晶も凍り付く想像を絶する厳しい極北の世界。

「こうした 冒険に挑戦する人間は、死への願望があると言われるが、これは当人たちにとっては、笑止千万な言い草だ。人間の能力の限界に挑む冒険にひかれるのは、死に近づくためでなく、むしろ生きていることを実感するためだと彼らは言う。
高山の頂上に立つことで、精神も新たな高みに到達する。平凡な人間でも精神力を鍛えあげることで、想像以上の力を発揮する。
彼らにとって、地図に到達点を記すことが重要なのではない。それが目的だった時代は、とっくの昔に終わっている。
いま、彼らがたどっているのは、心と頭のなかに描かれた地図だ。
死なないことが最大の意味を持つ厳しい状況では、多くのことを学び、自分自身を深く知ることができる。」

「厳しい自然と戦ってきたいま、二人は揺るぎない信念をもつようになっていた。本当に大切なのは、家族と友人、誠実さと美しさ、それに愛だ。人が旅をするのは、目的地に着くためではない。何度学んでも学びたりない、重要な教訓を胸に刻みつけるためなのだ。」

「真冬の北極 明けない夜を行く」マルゲリテ・デル・ジュディチェ著 
ナショナルジオグラフィック誌 2007年1月号』から引用

極地で生き抜く

2007-02-19 : 海外登山 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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小松由佳さん講演会 


K2 8200m 感動の夜明けです。

「8200mという地点を考えると ここでのビバークは危険と思っていても、
ただ 私たちの状態を考えると ここで このまま 無理に下りつづけるのはもっと危険だ。

多分9時くらいだとおもって 時計をみると なんと夜中の2時半。

高所は不思議に時間感覚が早く流れる。1時間位だと思っても2時間。
なんだか 自分の体の動きが スローになっていて 時間の感覚が2倍。

なんだか知らない間に 2時半になっていた。 
 
 あと3時間休めば、朝が来る。 明るくなる。 
朝が来れば 暖かくなる。
それまで少し休めば 眠気もとれる。それで ビバークを決めた。

割と 傾斜の強いところに 座れる場所をカットして ただ着の身着のまま、腰を下ろした。

気温はマイナス20度位迄 下がる。

運がよかったのは 風がなかったこと。
もし風があり 天候が悪ければ、 多分 そのまま死んでいた。

非常にコンディションがよくて 生きて帰れた。

ビバーク中
常に 「生きているか 生きているか」と 声をかけあって過ごした。

朝 寝ていたら 段々 周りが 明るくなるのを感じ、
ほっぺが凄く暖かくなり 何だろうと目を開けると、
太陽が少しずつ登ってきて 光が ぱーっと 一気に照らし出されてきた。

 周りは暗かったのに 一気に 銀色に明るくなり 素晴らしい眺めになって
8200mそこからの 朝日は素晴らしく 人間が見るものでないものを みた感じがしました。

私はなぜか人間が ヒカリに包まれて 生まれてきたときのことをを思い出すような感じがしました。

非常に荘厳な眺めで 自分がいるのは死の世界なのに まさに太陽が上がり 光に照らされて 太陽や山が自分たちがいきているのを喜んで 歓迎するような気がして なぜか涙が止まらなかった。」


小松由佳さん講演会 

平成18年12月9日
場所 徳島県板野郡松茂町総合会館




小松由佳さん講演会 

東海大学K2登山隊2006



2006-12-09 : 海外登山 : コメント : 2 : トラックバック : 0
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